
日本の伝統的塩作りのすべて!
日本人はどのように塩を作り、塩と関わってきたのか。
製塩のための設備や用具、製塩技法、塩にまつわる言葉の数々。
さらには製塩業の経営や塩の流通と消費など、
塩と日本人のつきあいを様々な視点から浮かび上がらせる名著。

廣山堯道(ひろやま ぎょうどう)
1925年兵庫県赤穂市に生まれる。
大正大学国文学科卒業。日本歴史学会・日本塩業研究会会員。
市立赤穂歴史博物館館長を務めた。
2006年逝去。
〈主な著書〉
『赤穂塩業史』(共筆)、赤穂市、1968年
『日本塩業大系』全17 巻(共筆)、日本専売公社
『赤穂市史』(共筆)、赤穂市
『播州赤穂の城と町』(編著)、雄山閣、1982年
『日本製塩技術史の研究』雄山閣、1983年
ほか多数

【古代】
藻塩―製塩に海藻をどう使ったか/
堅塩―はたして貧者の塩であったのか/
塩山―権門・寺社は山林を占有して塩をえた/
塩尻―略奪的製塩法/
塩浜―塩浜は何時どのようにしてできたか/
汲潮浜―平安時代の揚浜系塩田の発掘調査 ほか
塩談1 塩で見付かった平家の落人
塩談2 潮汲車
【中世】
中世の塩浜と塩生産者の実態はどうであったか/
瀬戸内の何処で塩が作られたか/
伊勢神宮の塩浜―古式入浜の出現/
塩釜神社の御釜は煎塩鉄釜か/
京都の塩は何処からどう入ったか/
戦国大名はどのような塩政策を行なったか/
安土築城ころから塩価が安くなる ほか
塩談3 恩を売って塩を売る
塩談4 ルイス・フロイスのみた塩釜
【近世】
近世にはすべての製塩法が出揃う/
三陸海岸では海水を直接煮つめた/
南九州や南西諸島には中世以前の方法が残っていた/
日本海岸では自然揚浜法が一般的であった/
太平洋岸の海湾内では古式入浜法が行なわれた/
能登では岩石浜に塗浜(置浜)を作った/
東北では山奥でも塩を作った ほか
塩談5 鯛の浜むし
塩談6 山窩の塩凝
塩談7 元禄赤穂事件と塩
塩談8 盛り塩と撤き塩
塩談9 塩の値段
塩談10 花の絵島の塩漬け骸
【近代】
明治維新は塩業にどのような影響を与えたか/
塩田の地租改正は田畑の場合とどう違ったか/
明治期に製塩技術は進歩したか/
塩専売制実施とその賛否/
現代の製塩―イオン交換樹脂膜法 ほか
塩談11 塩に人生をかけた男
塩談12 鳶が舞ったら塩屋がもうかる
【附章】
塩業用語さまざま